あず沙の映画レビュー・ノート

しばらくお休みしておりましたが、そろそろ再開いたしました
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オーストラリア
2008  オーストラリア  洋画  ラブロマンス  アドベンチャー  
作品のイメージ:笑える、カッコいい、ドキドキ・ハラハラ、おしゃれ、スゴイ
出演:ニコール・キッドマン、ヒュー・ジャックマン、デヴィッド・ウェンハム、ブライアン・ブラウン

観る前は166分の長尺というのが気になったが、アクション、アドベンチャー、ウェスタン、戦争、ファンタジーにラブ・ロマンスと、てんこ盛りでお腹がいっぱいになった作品。第二次世界大戦を目前に控えたオーストラリア。イギリスからオーストラリアにやってきた英国貴族レディ・サラ・アシュレイ(ニコール・キッドマン)は、旅立ったまま一年も帰ってこない夫を訪ねるため、ロンドンから初めてオーストラリアへと向かう。現地に到着すると、夫ではなくドローヴァー(牛追い)という名の無骨なカウボーイ(ヒュー・ジャックマン)に出迎えられる。夫が何者かに殺されたことを知った彼女に残されたのは、広大な牧場と1,500頭の牛だった。牧場を立て直すため牛を売ることを決心したサラは、ドローヴァーの力を借りて牛を引き連れ出発する。最初は反目しあう二人だったが、長旅やアボリジニの少年との出会いを通し、徐々に魅かれ合っていくのだった・・。

 

一言で言えば、オージー・ビーフ的な大味な作品。あれもこれもたくさんの要素を詰め込んでいるので、史実の考証云々を言い出したらキリがない。日本軍進行(日本軍はオーストラリアに上陸していないのでは?)や当時のオーストラリアにおける非道極まりない先住民族政策(こんな生温いものではないんじゃない?)などの史実を、ご都合主義でうまく捻じ曲げているといった感じ。そんな細かいところは、目をつぶるしかない(何せ娯楽映画ですから)。そう言えば、コミカルなシーンも、ちょこっと入っている。ニコールとヒューのファンの方、そしてオーストラリアの雄大な景色を堪能したいという方には、間違いなくおススメできる(それぞれのPVとして観たら、これ以上豪華なものはないでしょう)。

 

ニコールは本当に「場違いな貴族の奥様」という役がピッタリ・・人間離れした体型とつるつるお肌のお人形さんみたいなルックス・・おぉ、なんと美しいことか。ヒューのか野性味溢れるオージーぶりもステキ(ヒューの水浴びのシーンは、どうもご馳走さまでした)。また、先住民族と白人とのハーフの男の子の瞳が神秘的な輝きを持っていて、この作品にファンタジーの色合いを加えている。ニコールの衣装の華やかさ、そしてヒューの白の正装姿も見逃せない。衣装を手掛けているのは、「ムーラン・ルージュ」をはじめラーマン作品を支え続ける監督の妻キャサリン・マーティンだそう。

 

しかし、あらためてストーリーを振り返ると、何か得るものがあるかどうかはすごく疑問・・というか、はっきり言ってない(楽しめれば、それでOKな作品なわけです)。パンフからして、昔の名作の雰囲気を真似て作っているっていう感じなので、斬新さもあまりない。唯一目新しいのが、アボリジニの存在が映画をミステリアスにしているということ。この部分をもっと膨らませて戦争の部分を割愛すれば、もう少し評価は上がったかもしれない。

 

貴族ならではの価値観で生きてきたサラが、未知なる土地で粗野だが人間味たっぷりの男性ドローヴァーと出逢い、アボリジニの少年に母性愛を抱くようになるという変貌ぶりが、本作のキモになっているのだと思う。ここは、昔の名作のコピーと言われようがなんと言われようが、観る者をスクリーンの中に引きずり込むような魅力とパワーがある。世界を代表するオーストラリア出身のスターであるお二人と脇を固めるオーストラリア出身の俳優たちや制作スタッフが、自国オーストラリアを世界に誇るための一大叙事詩を大胆な構図で創り上げていると言えるのではないか。★3.6

ワルキューレ
2008  アメリカ  洋画  アクション  ミステリー・サスペンス  
作品のイメージ:ドキドキ・ハラハラ、スゴイ、ためになる
出演:トム・クルーズ、ケネス・ブラナー、ビル・ナイ、トム・ウィルキンソン
 

「トム・クルーズ主演の歴史劇」ということで期待と不安(?)を胸に抱きながら、劇場で鑑賞した作品。第二次世界大戦下のドイツ。国家に忠誠を誓ったシュタウフェンベルク大佐(トム・クルーズ)だったが、ヒトラーによる独裁政権に絶望していた。戦地の最前線に赴いた彼は、連合軍の戦闘機の爆撃に巻き込まれ、左手指2本と左眼を失ってしまう。一命を取り留めたシュタウフェンベルクはヒトラー政権を打倒する信念はさらに強まっていき、ヒトラー暗殺を企てるレジスタンス組織の秘密会議に参加することに。たまたま「ワルキューレの騎行」(ワルキューレ=北欧神話に登場し「戦死者を選ぶもの」との意味を持つ女神たち)を耳にした彼は、ドイツ国内の有事の際に反乱勢力を鎮圧する「ワルキューレ作戦」を利用した壮大な作戦を思いつく。その作戦とは・・

 

ヒトラーの悪行と言えば、ユダヤ人大量虐殺があまりにも有名。打倒ヒトラーのために命を懸けながら、ドイツ以外では殆んど知られてこなかった衝撃の実話を映画化したのがこの「ワルキューレ」。実際には反ヒトラー勢力が存在し、単独犯を含めて43回も暗殺が企てられたという。その独裁的支配者を倒すためにどちら側に就くかの探り合いや駆け引きが、また見どころでもある。実際に起きたヒトラー暗殺計画ということで、全て実在の人物が登場する。見た目にも似た人物をキャスティングしているし(これはあまりに似ているのでビックリするほど・・もちろんヒトラーも)、撮影の多くもベルリンで行ったよう。作戦が失敗に終わることはもうわかっているので、歴史劇というよりもドキドキ感たっぷりのサスペンスに仕上がっていて、観客を飽きさせない展開になっている。しかし、作戦に共謀した主なメンバーをよく知っていた方が、より楽しめると思う(ということで、下記ご参考に供します)。

―ベック元陸軍参謀総長(テレンス・スタンプ):最も早くから、ヒトラー政策に不満を持っていた。作戦成功の暁には、国家元首になるはずだった。
―トレスコウ少将(ケネス・ブラナー)爆弾を仕掛けヒトラー暗殺を実行するも、失敗してしまう。作戦の際には、前線に送られていて実行役をシュタウフェンベルクに託す。
―オルブリヒト将軍(ビル・ナイ):予備軍副司令官。作戦を上官のフロム名義で発動させたキーパーソン。

―フロム将軍(トム・ウィルキンソン):予備司令官。作戦の発動を、拒否していた。
―ヘフテン中尉(ジェイミー・パーカー):シュタウフェンベルクの副官。暗殺実行に同行し、最期はシュタウフェンベルクの前に立ちはだかって銃撃を受ける。
―フェルギーベル将軍(エディ・イザード)陸軍通信部隊の司令官で、この作戦が実行された際には通信回線を切断する任務を負う。

 

シュタウフェンベルク大佐の妻役でカリス・ファン・ハウテン(「ブラックブック」主演)も出演しているんだけど出番が少なかったので、その点は残念。上記でおわかりになるように、脇を固めている俳優陣が半端じゃない。共謀したメンバーの中でも自分の保身に走る人がいたりする人間劇が、生々しいくらいに観る者に伝わってくる。なので、ベテラン俳優の中でトムが周りに喰われてしまっているような感じも。

 

本作は、もともとはトム以外の人がシュタウフェンベルク大佐役を演じる予定だったとか。ところが、ハリウッド・スターであるトム主演の娯楽大作になってしまったために、なんとなく歴史劇としての深みがなくなったような。あと、最初はドイツ語で始まっているにもかかわらず、ビミョーなタイミングで英語に変わっていくところはなんとも・・。全篇ドイツ語だった方が、雰囲気が出たのに。そういう細かい点も含めて、トム主演になった時点で作風ががらりと変容してしまったのだと思う。雑誌などで酷評されていたのである程度覚悟してはいたが、手に汗握るサスペンスとしては観れないことはない。★3.5

最後の初恋
2008 アメリカ 洋画 ラブロマンス ドラマ
作品のイメージ:癒される、切ない、カッコいい
出演:リチャード・ギア、ダイアン・レイン、スコット・グレン、クリストファー・メローニ

ちょっぴり胸がキュンとする大人の純愛物語。海辺の町ロダンテのロッジを5日間だけ任されたエイドリアン(ダイアン・レイン)。その季節外れのロッジにポール(リチャード・ギア)が、宿泊客としてやってくる。別居中の夫や反抗期の娘との関係に疲れ果てていたエイドリアンと外科医として悩みを抱えていたポールは、互いに魅かれあうようになるといった熟年ラブ・ロマンス。

まず、リチャード・ギアがひたすらカッコよい・・ということ(60歳近くにしてあの肉体・・スバラシイです)。あと、十代の娘のような笑顔のエイドリアンを見て、何歳になっても恋をしていると表情が輝いているのね・・なんて羨ましい気がしたこと。最初は生活に疲れた主婦っていう感じだったエイドリアンが、生き生きとした女性に変わっていくダイアン・レインの演技はさすが・・ということが主な感想。但し、ストーリーがあまりにもベタなので、どなたかも既にブログで書かれていたように「ハーレクイン・ロマンス」のような感じがしないでもない。特に大きな盛り上がりもなく、良い言い方をすれば、「しっとりした大人の恋物語」だとも言えるのだけど、キツイ言い方をすれば「ありきたりの安易なストーリー」で終わってしまっている。

リチャード・ギアとダイアン・レインが爽やかに演じているので、全くいやらしさが感じられない恋物語になっている点は観ていて清々しい(このジャケットのイメージ通りです・・あ、エイドリアンは既に別居中、ポールは離婚しているから不倫にはならないのですね)。美しい海岸を背景にしていることも、それに一役買っているのだろう。また、清潔感溢れる美しい恋物語になっているというところがロマンティック、そして酸いも甘いもかみ分けた年齢になったからこそできる恋を描いたという意味では円熟した感じ、この二つの要素が壮麗にミックスされていると思う。それらの象徴となっているのが、海辺に建っている幻想的なロッジと厳しくも二人の恋心に火をつけてしまうハリケーン。

これは、あくまでも短い間の恋物語。だからこそ、幻想的な美しい物語になり得るとも言える。もしこれが何年も続いて二人が結婚するとかなったら、エイドリアンは夫と正式離婚しなくてはいけないわけだし、子供たちとの関係にも影響してくるだろう。そうすると、厳しい現実が迫ってくるわけで・・(大人の恋愛を子供が支えてくれるという部分は、余計な気がしました・・だって、既に現実が迫ってきている感があって、この「最後の初恋」というテーマと合わないような)。逆の言い方をすれば、短い期間で終わったから思い出が美化され、また手紙という媒体でお互い綺麗な部分しか交換しないから、いつまでも心の中に美しく刻まれるものなのだと思う。そういう意味では、この邦題のセンスはよい(「ロダンテの夜」でも悪くはありませんが)。

観客に対してあまりに直球で勝負してくる作品ではあったけど、リチャード・ギアもダイアン・レインも自然に役になりきっていると感じられるほど熟練した演技だったこともあり、久しぶりに甘く切ない思いに浸らせてもらった。というわけで、ちょっと甘めの評価の★2.8。
この自由な世界で
2008 イギリス イタリア ドイツ スペイン 洋画 ドラマ
作品のイメージ:切ない、ためになる
出演:キルストン・ウェアリング、ジュリエット・エリス、レズワフ・ジュリック、ジョー・シフリート

「ファーストフード・ネイション」の英国版とも言えるような、先進国が弱い国の人たちを低賃金または無報酬で働かせて搾取するといった社会問題をテーマにした作品。ケン・ローチ監督の強いメッセージが、織り込まれている。アンジーは、夫とは別れ息子のジェイミーを両親に預けて働くシングルマザー。今まで散々組織に踏み躙られてきた彼女だったが、会社に不当解雇されたことを機に、それまで培ってきた経験とノウハウを生かして人材会社を立ち上げる。それは、移民労働者を集めて、日雇いなどの職業を紹介するという事業。斡旋する移民労働者の数は増えてはいくものの、資金繰りは悪化。アンジーは非合法的な仕事をする方が儲けにつながることを知り、次第に彼女の感覚は麻痺していく。人を踏み台にすることを、だんだんなんとも思わなくなってしまうのであった。

先進国の市場原理型資本主義の世の中においては、低賃金労働者の需要が多くなる。すると、日雇い労働者、非正規労働者として働く人が増え、中には不法就労する人も出てくる。職業紹介所自体が、不法就労を斡旋する場合すらある。日本も、その例外ではない。2008年の金融危機に端を発した世界的不況で、真っ先にリストラの対象になるのは派遣社員の人たち。派遣切りが進む一方で、全体の仕事は減るわけではない。そうすると、職場環境はさらに劣悪になり、労働条件は悪化するばかり。

タイトルである「この自由な世界で」の「自由」とは、いったい何なのか?「自由」とは何をしても構わないがすべて自己責任でやり遂げることだとすると、自分さえ生き延びれば他の人はどうなってもいいということになるのか?また、事業に成功すればよいが、失敗してしまえば無限に責任を被ることになってしまう。もともとは弱い立場の人を助けたいと思って会社を立ち上げたアンジーだったが、そんなアンジーですら息子と自分が食べていくため、競争社会で生きていくために、悪の道に染まってしまうのだ。そう考えると、「『自由』を求めて」とか「『自由』で豊かな社会」とか良い意味で使われることの多いが、自由は人間の「権利」であると同時に恐ろしい反面を持っている「重い義務」でもあるように思えてしまう。

はっきり言って、後味はよくない作品。答えの出ない問題を思いっきり目の前に突き付けられたようで、やるせない気持ちでいっぱいになった。市場原理の資本主義を非難しているのか・・?だからと言って、社会主義が良いのだとも言っているわけでもないし・・。アンジーと一緒に会社を立ち上げたパートナーが、アンジーが最初人助けのために移民の一家を自分の家に泊めてあげていたとき「あなた、マザー・テレサにでもなったつもり?そんなことをしていたら、キリがないわよ」と言っていたが、資本主義の考え方で言えばまさに「キリがない」のである。だからといって、完全に見て見ぬふりをするわけにもいかない。

では、いったいどうすれば・・?そもそも、みんなで一緒に幸せになる、なんてできないのだろうか?みんなで一緒に幸せになろうとするから、みんなが破綻するものなのだろうか?獲るか獲られるか・・攻めないと攻められる・・これは抗うことのできない鉄則なのか?人は、人を救うことはできないのか?人は、自分自身しか愛せないものなのか?捨身飼虎という言葉があるが、そんな自己犠牲の愛は、神か仏の愛であろう。しかし、人は、人を思いやることはできる。人の存在を感じ、喜びや悲しみを共にすることができる。その心の広がりは、弱肉強食という資本主義社会の中に生きていかざるを得ない人間の孤独の中に射し込む一筋の光明のようである。ストーリーを追いながら、そんなことを漠然と考えさせられた。そういったドラマだけに、映像、脚本、音楽などについてはほとんど印象に残らず、ドラマのメッセージだけが太い一本の柱のようにそそり立っている感じがした。★3.4
007 慰めの報酬
2008 イギリス アメリカ 洋画 アクション スパイ
作品のイメージ:カッコいい、ドキドキ・ハラハラ、スゴイ
出演:ダニエル・クレイグ、オルガ・キュリレンコ、マチュー・アマルリック、ジュディ・デンチ

前作の「007 カジノ・ロワイアル」の続編で、ボンド役はダニエル・クレイグが続投。恋人ヴェスパーを失ったボンドは、謎の組織の真相を探るべくハイチに跳ぶ。そして、ドミニク・グリーンという男の存在に行き着き、グリーンが裏ではボリビアの政府転覆と天然資源の支配を目論んでいることを知る。ボンドは復讐心を胸に秘めながら、グリーンの計画阻止に動くのだが・・。

一言でいえば、アクションは前作同様に見応えがあり、スピード感もたっぷりといった印象。ボート・チェイスあり、カー・チェイスあり、空からのダイビングもありで、その目の回るような展開は前作の作風を引き継いでいる感がある。激しい乱闘の後でも次の任務へと颯爽と向かうボンドの動きにキレがあり、観ていてテンションは上がるし非常に気持ちが良い。ほとんどのアクションは、スタントを使わずにダニエルが演じたのだとか。また、愛した女性のことが忘れられずに葛藤するボンドの人間味溢れるところが、ダニエルの演技からしみじみと伝わってくる。

但し、(このネタはもう読む方が辟易するくらい書いているのですが)「007 カジノ・ロワイアル」のvillain(悪役)であるル・シッフル(マッツ・ミケルセン)は惚れ惚れするくらいカッコよかったのに対し、今回はムニャムニャ・・。今回のvillainドミニク・グリーンを演じたマチュー・アマルリックについては、間違いなく演技が上手な俳優さんだとは思うのだけど、どうしてもマッツと比べてしまう。表の顔は、環境保護のために尽力する慈善団体「グリーン」のトップといういかにも偽善者役なんだけど、もうしゃべり方からして悪役っていう感じで、「あぁ、こいつはvillainなんだな」と観ている方は一発でわかってしまう。わかりやすいと言えばわかりやすいんだけど、なんか捻りがないような。(話が脱線しますが)007のvillain コレクションの某ブランドの腕時計のドミニク・グリーン・シリーズを見てみたけど、うーん・・イメージに合わないような(マチュー・ファンの方、スミマセン)。それに、ボンドとグリーンの直接対決があまりにもあっさりしすぎていて、ちょっと肩透かしを食らわされたような感じ(もっと壮絶な対決を、当然のように期待していたわけでして・・)。

今回のボンド・ガールについては、元ボリビアの諜報員で殺された家族の復讐に燃える美女カミーユ(オルガ・キュリレンコ)。オルガは、「薬指の標本」、「蛇男」や「ヒットマン」などにも出演しているよう。ウクライナ出身のモデル・女優さんということで色白なんだけど、役作りのために今回は肌の色を小麦色にしているのか・・もともとのイメージとかなり違う。ボンドと彼女とは復讐を果たすための同士というような関係であり、男女としては親密にはならない。

相変わらず硬派なボンド、そして秘密兵器などを使わないアクション中心という意味においては、前作に引き続きこれまでの007シリーズとはまるで違う。なので、ショーン・コネリーが演じた以前の007シリーズが好きな方は、またまた違和感を感じられるかもしれないが、「007 カジノ・ロワイアル」で満足された方は、相応の満足感が得られる内容となっている。個人的にはこの路線が気に入っているので、ダニエル起用の次回作にも期待したいところ。★3.7
ベンジャミン・バトン 数奇な人生
2008 アメリカ 洋画 ドラマ ファンタジー
作品のイメージ:感動、ほのぼの、切ない
出演:ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、タラジ・P・ヘンソン、ジュリア・オーモンド

第 81回アカデミー賞で最多の13部門にノミネートされたということと、特殊メイクで話題をさらった作品。80代の男性として生まれ、日に日に若返っていくベンジャミン・バトン(ブラッド・ピット)。そんな数奇な人生を生きた男性の物語。ベンジャミンは心を寄せるデイジー(ケイト・ブランシェット)と愛し合うようになるのだが、自分の未来を危惧し別れることになる。そして・・。

ストーリー自体(1920年代にF・スコット・フィッツジェラルドが執筆したもの)は非現実的な着想であるにもかかわらず、何故か心に迫るリアルさを感じた。不条理さのかけらも感じさせない演出には脱帽。精神は年老いて行きながらも、若返っていく肉体。愛する人と一緒に年をとることができない辛さ、愛する人と家庭を築くことができない悲しみ・・そんなベンジャミンの心のうちが痛切に感じられた。最期は皆と同じ死を迎えるはずなのに、人生の時計が逆行するという悲劇によって、ベンジャミンは孤独に生きていくしかない。人生が時間から自由になれないという悲哀、そして人間が生きる時間は限られているという残酷さが、非現実的な中にも現実味を帯びたかたちで描かれている。

人間は、時間から束縛されずに生きていくことはできない。人生は、時計の針によってその一秒一秒が刻まれている。愛する人と結婚し毎日一緒に暮らしていると、相手が空気のような存在に感じられることもあるだろう。そして、一緒にいることが当たり前で、一緒にいることの有難さを忘れがちになる。でも、愛する人と人生の時間が逆行していたら・・?愛する人と巡り合えたという奇跡、そして一緒に過ごす時間の大切さを、静かながらずっしりとしたかたちで観る者に訴えかけてくるよう。長く一緒にいるから、深く愛し合っているとは限らないのだと。167分とちょっと長めの作品ではあるが、その長さを感じさせないのは、作品の流れの一瞬一瞬にも時間の大切さを織り込んだ内容となっているからではないか。

年老いた顔がだんだんとブラピの顔になっていくのにドキドキ・・(ブラピの熱心なファンということでもないのですが)。ケイトのバレリーナ姿もステキ・・。ブラピかケイトのファンであれば、かなりお借り得(またはお買い得)な作品であること間違いない(というか、観るべきでしょう)。人生教訓にもなるセリフをテンコ盛りで一つ一つのセリフが心に沁みるし、しかも観る人をほんわかと温かく包みこんでくれるような雰囲気(なので、「特別ブラピやケイトのファンでもないわ」という方にもおススメできます)。というわけで、ストーリー的にはファンタジーだけど、ある意味「寓意詩」と呼ぶにふさわしいものかもしれない。

洒落たオープニング(ワーナーのロゴに着目・・あ、パラマウントのマークも凝ったものでした)と、細かく演出されたラストも見逃せない。邦題の副題となっている「数奇な人生」は要らないかも。★4.1
ブラックサイト
2008 アメリカ 洋画 ミステリー・サスペンス
作品のイメージ:ドキドキ・ハラハラ、怖い
出演:ダイアン・レイン、ビリー・バーク、コリン・ハンクス、ジョセフ・クロス

現代のネット社会に警鐘を鳴らすサイバー・サスペンス。FBIサイバー犯罪課の捜査官ジェニファー(ダイアン・レイン)は、ある日 “killwithme.com”という不審なサイトを見つける。身動きがとれない動物が衰弱していく様を、ライブ中継している。サーバーが管轄外のロシアにあって、IPアドレスがどんどん書き換えられているので、主謀者が特定できない状態。今度は、縛り付けられ薬物を投与されている男性が映し出され、そのサイトへのアクセス数が増えるごとに薬物の投与量も増やされる仕掛けが施されているのだった・・。

サスペンス自体は、地味でシンプル。どんでん返しがあるわけでもなく、犯人との心理戦や頭脳戦があるわけでもなく・・。監督のメッセージも、簡単明瞭。闇サイトにアクセスする人もまた共犯になる・・というところが本作のミソ。なんの罪悪感もなく好奇心だけでアクセスするネット利用者。秋葉原通り魔事件を、思い出してしまった。あの事件でもまた、目の前で次々と人が刺されて倒れているにもかかわらず、被害者を助けるでもなく携帯のカメラで撮影してネットの掲示板に投稿する野次馬がいっぱいいた。それをニュースに使っているメディアも、どうかと思う。人の悲しみや苦しみを平気でネタにしたり、大勢で個人を攻撃したり・・モラルを完全に無視して暴走する人たちをネットが作り出している、とも言えなくはない。

ダイアン・レインは、この撮影で彼女自身がサイバー恐怖症になっちゃったとか。それもわからないではない。ネットって、もう生活になくてはならないものになってしまっている。仕事で使うのはもちろんのこと、私生活でも買い物やいろんな手続きから銀行関係の用事まで全てできちゃう。顔が見えない者同士が、コミュニケーションをとったりも。便利なんだけど、個人情報がハッキングされたり、ウィルスに感染したり、自分のデータが改ざんされたりするリスクもある。非現実の世界でなんでもできる・・というところが底が見えないだけに、空怖しい。

原題は、“Untraceable”(追跡不可能)。でも、本当に追跡不可能かっていうところが、ちょっと疑問。別に組織的な犯罪でもないし、一個人だからどうにかして特定できないものなのかしら。それに、なんとかアクセス数を減らす工夫だってできたはず。サーバーがロシアにあるとしても、ロシアに連絡をとることだってできたはずだし。また、犯行の現場の地域がわかっているのなら、その地域の通信を強制的にシャットダウンすることも可能だったのでは・・とか。それほど真面目に考えることもないっわーははと笑えればいいんだけど、そんな娯楽映画でもない。あまり専門的な内容にすると観客がついて来れないので、わざとわかりやすくしたのかなぁ・・ということで納得することに。

グロい映像が結構出てくるので、子供さんとは絶対一緒に観ない方がよい作品。ダイアン・レインの捜査官役が「羊たちの沈黙」のジョディ・フォスターの役柄のようではあるんだけど、作品自体が「羊たちの沈黙」ほど完成度が高くないし、こじんまりとまとまり過ぎている。前半はネットの底知れぬ怖しさを上手く描けているが、後半はただネット中継のモニターを眺めているだけの手ぬるい捜査にイラツキを感じたのと、ラストも結構呆気ない感じで「あれ・・これでおしまい?」という感じが。ネットを悪用した犯罪が蔓延ってる昨今にタイムリーな作品ではあると思うが、この作品を観て真似するバカが出てこないことを祈る。 ★2.5
地球が静止する日
2008 アメリカ 洋画 SF アクション
作品のイメージ:カッコいい、ドキドキ・ハラハラ、スゴイ
出演:キアヌ・リーブス、ジェニファー・コネリー、ジェイデン・スミス、キャシー・ベイツ

1951 年のオリジナル版「地球の静止する日」のリメイク作品。ある日、謎の巨大な球体が地球に飛来する。厳戒態勢の中、あらゆる専門家を集めた対策チームがアメリカ政府により編成され、生物学者ヘレン(ジェニファー・コネリー)もそのチームの一員に選ばれる。そして、球体からセントラル・パークに降り立ったのは、人間型異星人クラトゥ(キアヌ・リーヴス)。軍の施設においてクラトゥに対する尋問が試みられるが、クラトゥは特殊な能力で拘束を解き施設から姿を消してしまう。クラトゥは、自己破壊的な地球に警鐘を鳴らしにやって来た宇宙の使者だったのだ。

リメイク作品ということでストーリー自体は目新しいものではないが、映像はさすがに迫力があり全編に亘って緊迫感に満ちている。オリジナル版では核兵器や冷戦に対しての警鐘であったのに対し、本作では環境破壊への懸念がテーマとなっている。この辺りは、時代の流れを感じる。「地球を破壊している人類が滅亡すれば、地球は生き残れる」「人類は、危機に直面したときに進化する」というのがクラトゥの摂理。では、人類は環境破壊をストップして進化することができるのか・・?クラトゥは何を見て「人類は変われる」と思ったのだろう・・?あの親子の愛情だけを見て判断するのは甘いのではないか・・?とツッコミを入れたくなったのは、おそらく私だけではないだろう。クラトゥが人類に希望を見出す要因がもっと必要のような。それに、「人類は変われるのか」という問いかけ自体、環境破壊だけなく人間の利己主義への戒めともとれる部分もあり、漠然としていて捉えどころがない。

ヘレンの義理の息子役のジェイデン君ってウィル・スミスの息子だったなんて。そう言われてみれば、似てるかも。キアヌ・リーヴスについては、今回もダーク・スーツに青白い顔色で無表情なところが「人外人」的な役が定着してきたなぁ・・という印象。ヘレン役のジェニファー・コネリーと国防長官役のキャシー・ベイツの会話には、非常事態に決断を迫られた専門家とリーダーのやりとりの緊張感が溢れている。

全体として、SFスペクタクル+エコロジー啓蒙的作品のようなイメージ。古典のリメイクというと厳しい評価をされがちだが、時代の流れを汲んでテーマを変えていること、VFX技術を駆使していること、”Change! Yes, we can!” は誰もが同じものを連想するセリフであること(シャレなのかマジなのか)などにおいては、制作者の創意工夫が感じられる。また、巨大ロボットの造形がクラシックな感じがするのは、オリジナル版へのオマージュだったりもするのだろう。未来を見据えた古典SFに敬意を表しているのは、理解できる。

しかしながら、もう一度観たいかと聞かれると、「いや、一回でいいです」と答えてしまうであろう作品。観客が自戒するほどインパクトが大きい作品とは言い難いし、映像の迫力と内容の密度が不釣り合いなため肩透かし的な感じが否めない。予告編を観るだけで、本編の8割はカバーできているような気がする。キアヌの次回作「フェイクシティ/ある男のルール」に期待することに。★2.6
インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国
2008 アメリカ 洋画 アクション アドベンチャー
作品のイメージ:笑える、カッコいい、ドキドキ・ハラハラ、スゴイ
出演:ハリソン・フォード、シャイア・ラブーフ、ケイト・ブランシェット、カレン・アレン

インディ・ジョーンズ・シリーズの四作目。1957年という設定で、アメリカに潜入したソ連軍に捕われた考古学者インディアナ・ジョーンズ(ハリソン・フォード)が「エリア51」で強い磁気を帯びた謎のミイラを探させられるところから、幕は開く。まず、当時を示すアイテムが細部に散りばめられているところが興味深い。冒頭に出てくるアメリカの国旗。星が縦横ズレずに並んでいる。アラスカとハワイが州に昇格する前なので、星の数が48個。また、以前の作品ではインディと秘宝を奪い合う悪役がナチス・ドイツであったのが、本作では冷戦当時のソ連になっている。その他にも、共産主義に対する防御体制、東西の緊張や核兵器への脅威などの時代背景も見逃せない。出だしから、丁寧に制作されているなぁ・・といった印象を受けた(しかし、いくら時代背景の一部とは言え、核実験のシーンは日本人にとっては抵抗がありますね)。

今までの実績があるだけに、安心して鑑賞できるアドベンチャーものには違いない。が、今回SFの要素が入っているところが、なんだか違和感がある。「ハムナプトラ3」では中国が舞台となっているのと同じように、方向性を間違えているのでは・・と思ってしまった。ナスカの地上絵が出てくるところは、路線的に合っている。できれば、そっち方面で通して欲しかった。それに、あのクリスタル・スカルって、別の映画に出てきそうな形・・エイリアンとインディはやはり相容れないような気がするのだが・・。

特典映像のインタヴューにあるように、監督はもともと四作目を制作するつもりはなかったよう。ファンの声に応えて、以前のスタッフとキャストが集まり同窓会のようなノリで出来たのが本作。なので、次回作はもうないような気がする。あのラストからしても・・。ハリソン・フォードは加齢というハードルを乗り越えて、ファンのために一生懸命がんばりましたという感じ。「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」でのヒロイン(マリオン)役のカレン・アレンも、この同窓会に駆けつけたといった印象。ケイト・ブランシェットのソ連軍の大佐役はカッコいいのだが、この役はわざわざケイトでなくてもいいのではないか、と思ってしまった(私はケイトのファンなので、思わぬ儲けものをしたような気になりましたが)。息子のマット役のシャイア・ラブーフについては、「コンスタンティン」、「ディスタービア」や「トランスフォーマー」など結構キャリアは積んでいる割には、本作ではまだ青臭さが抜けていないような(そういう役柄なのかもしれませんが)・・。

「ハムナプトラ3」でも言えることかもしれないが、CGの多用により迫力が増す部分もあり、一方で興醒めしてしまう部分もある。特に、このインディ・ジョーンズ・シリーズにおいては、あまりCGに頼らないハンド・ビルトな特撮とウィットに富んだセリフの面白さで、観客を楽しませて欲しいと思う。そういった意味においては、一作目がずば抜けて良かった。評価の順番としては、「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」→「最後の聖戦」→「魔宮の伝説」→本作で、本作はシリーズの中でオマケというかエピローグ的な位置付けのような気がしてならない。という訳で、インディ・ファンの方には間違いなくおススメ作品なのだが、インディ・ジョーンズ・シリーズをまだ観たことがないという方には、どちらかというと以前の作品をおススメしたいところ。★3.3
ダークナイト
2008 アメリカ 洋画 アクション ヒーロー
作品のイメージ:カッコいい、ドキドキ・ハラハラ、スゴイ、ためになる
出演:クリスチャン・ベール、マイケル・ケイン、ヒース・レジャー、ゲーリー・オールドマン

「バットマン・ビギンズ」でクリストファー・ノーラン監督のバットマンにすっかり魅了され、本作を鑑賞する日を待ちわびた(その期待に、大きく応えてくれました)。全米公開初日3日間の興行収入が歴代一位、その後も破竹の勢いでヒットを続け、歴代の記録を次々と塗り替えた作品。まず、ジョーカー役のヒース・レジャーの怪演は、映画史に残ると言っても過言ではないと思う。「純粋な悪」を象徴するジョーカーの狂気を、もう神がかり的な域に達するレベルで演じている。エンドロールで、「ヒース・レジャーとコンウェイ・ウィックリフ(撮影中に亡くなったスタッフさん)に捧ぐ」と流れたときには、涙がこぼれてしまった。次回作はあっても、彼の演じるジョーカーはもう観れないのだと思うと、本当に悲しい。

152分の長丁場のヒーローものではあるが、その長さを感じさせないスピード感のある展開。そして、ヒーローものとは言っても、濃厚かつ濃密な仕上がりで、爽快感のあるヒーローものではない。よどんだ重苦しい感じが、全編に亘って漂っている。悪の蔓延るゴッサム・シティ=暗夜(dark night)で、犯罪を撲滅しようとする「闇の騎士」(dark knight)のバットマン(クリスチャン・ベール)と警部補のゴードン(ゲイリー・オールドマン)。今回、この二人に正義感に満ちた気鋭の地方検事であるデント(アーロン・エッカート)が加わる。しかし、バットマンは、相変わらず人々からは「ならず者」呼ばわりされているといった状況。そこに現れたのが、非道極まる残忍な行為を繰り返すジョーカー。ジョーカーは、バットマンに対し、マスクを脱ぐまで猟奇殺人を続けると宣言する。

「闇の騎士」に対し、人々から人望を集めたデントは、「光の騎士」の役に当てはまる。バットマンは、「自分の役割は終わった。デントにゴッサム・シティの運命を託す」と心に決めるのだったが・・。しかし、デントの正義感を見事に憎悪に変えてしまったジョーカー。デントの変貌した顔が意味するものとは・・?そして、デントが指ではじく「運命のコイン」とは・・?暗黒の中の正義と暗黒の中の悪が表裏一体となり、正義感を持った人々を襲う。ヒーローとして死ぬか、汚れ役として生きて悪と戦うかの選択を迫られたら、人はどちらを選ぶのだろうか・・?

「『悪』は重力のようなもの」と「悪の哲学」を語り嘲笑うジョーカー。人は正しくあろうとしても、その重みに耐えかねて悪の世界に転落していくものだと。ジョーカーは、人を善から悪へと導くことに喜びを見出しているので、彼の犯罪には目的がない。自分の死すら怖れない。ゴッサム・シティをカオス(混沌)へと陥れることに夢中なのだ。ジョーカーの顔のメイクが時間がたつにつれどんどん崩れていくところが、印象に残った。

ゴッサム・シティは人間社会を象徴した架空の都市ではあるが、フェリーで人々が脱出しようとするシーンから、やはりニューヨークがモデルになっているような気がしてならない。あと、今回意表を突かれたが、バットモービルからキャスト・オフされたバットポッド。このハイテクのモーター・サイクルの迫力は、物凄い(次回作でも、これに乗るのでしょうか)。さて、今回のレイチェル役のマギー・ギレンホールについては、不評の声もよく聞かれる(ちなみに、一緒に観ていた夫は、「このレイチェルって、前に比べてかわいくない」と連発していました。私は、「そう言われてみれば、そうかなぁ」くらいですけど)。マイケル・ケイン、ゲイリー・オールドマンとモーガン・フリーマンについては、前作同様しっかりと脇を固めながらも、存在感が溢れているといった感じ。

バットマンがいなくなったら、ゴッサム・シティに悪が蔓延る。正義感の強い「光の騎士」だけが生き残っても意味はない・・といった監督の強いメッセージが発信されているようで、良い意味での疲労感を覚えた152分だった。★4.5

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