あず沙の映画レビュー・ノート

しばらくお休みしておりましたが、そろそろ再開いたしました
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百万円と苦虫女
2008  日本  邦画  ドラマ  ラブロマンス  
作品のイメージ:ほのぼの、ためになる
出演:蒼井優、森山未來、ピエール瀧、竹財輝之助

まるで自分のことを言われているように感じた作品。フリーターの鈴子(蒼井優)は、友達からルームシェアの話を持ちかけられ、それに応じる。すると、なんとギリギリになって、友達の彼氏と三人でルームシェアと言われたのだった。鈴子は、それを断ることができずに、嫌々ながら承知してしまう。いざ入居してみると、友達とその彼氏は別れていて、なぜか鈴子と友達の彼氏が二人っきりでルームシェアすることに。そして、鈴子は、そのことからトラブルに巻き込まれる。警察沙汰になり、前科者になってしまう鈴子。近所の笑い者になり、家族に迷惑がかかると思って「百万円貯まったら出て行きます」と家族に宣言する。それから、海へ山へ町へと百万円貯まるごとに、住処を変えていく鈴子だったが・・。

 

彼女が住処を転々とする理由なのだが、前科者でそれを人に知られるのが嫌だという理由だけではないと思う。最初はみんな初対面の人であっても、そこにしばらく関わっていると、厄介なことに巻き込まれたり複雑な人間関係に絡まって、だんだんと疲れてきてしまう。人とのコミュニケーションという点で、不器用なのかもしれない。パーティーや飲み会に誘われたりすると、鈴子は苦虫をかみつぶしたような笑みを浮かべて仕様がなく応じる。親しい友達もいない。いないのではない、自分からつくらないようにしているのだ。人は、みんな最初は人と仲良くしたいと思う。でも、親しくなりすぎると何かしら面倒なことになり人間関係がこじれたり、義理に縛られたり・・要するに、自由がなくなってしまう。血縁・地縁・仕事のつながり・・人間社会の鬱陶しさをすべてシャットアウトして生きて行こうとする鈴子の姿を見て、かなり共感と羨望の念を抱いてしまった。

 

しかし、鈴子の生き方とは対照的に、どんなに虐められてもそこから逃げない弟がいた。そんな弟から手紙が届き、彼女は「人間関係から逃げないこと」を学んだと思いきや・・。ラストを迎えた後、彼女はそれを悟り、最後の町に戻ってくるのではないだろうか。彼女が最後に呟く言葉がそれを予感させる(これ以上は、ネタバレになりますね)。観る人の想像に任せるという感じのラストが良かった。もし、これがありがちなハッピー・エンドに持って行ったり、適当なオチをつけて終わっていたら、かなり安っぽい感じの作品に仕上がっていたと思う。

 

誰しも、人間関係を構築していき、うまくいかないことがあるとそれをリセットしたいと感じる。しかし、自分にとって特別な人が出来た場合はどうであろうか?鈴子にとっては、中島君(森山未來)のような存在である。自分の思うようにならない、あるいは自分の見方だけで相手を誤解し、それでさっさと断念してしまったら、特別な人との関係はいつになっても長続きはしない。次の土地に行っても、同じことの繰り返しなのである。なので、社会との隔意という点で鈴子に共感してしまう自分にとっては、自戒という意味で「ためになる」作品であった。恋人だけではない。自分にとって中島君のような存在の人を沢山つくっていくには、リセットに頼っていてはダメ・・ということかな。人の悪意に触れる時もあれば、優しさや温かさに触れる時もある。桃園での手土産の桃が人の善意を象徴しているようで、とてもおいしそうに見えた。★3.7

クライマーズ・ハイ
2008  日本  邦画  ドラマ  
作品のイメージ:泣ける、切ない、スゴイ、ためになる
出演:堤真一、堺雅人、尾野真千子、山崎努

NHKで放映されたドラマを見逃してしまい、ドラマをDVDレンタルしようとしたら、前編と後編に分かれている。で、それなら映画で一気に観てしまおうということで映画の方を選択。事故当時、地元紙の社会部記者として取材に奔走した経験を持つ作家の横山秀夫が、17年の時を経て書き上げた小説を映画化したもの。1985812日、乗員乗客524名を乗せたJAL123便が、群馬県御巣鷹山に墜落した。前橋にある北関東新聞社では、悠木(堤真一)が全権デスクに任命される。かつてない未曾有の大惨事に、地元の報道機関としてのプライドを懸けた彼らの壮絶な戦いが幕を開けようとしていた・・。

 

悠木の全権デスクとしての誇り・苦悩・苛立ち中心に、県警キャップの佐山(堺雅人)による想像を絶する現場取材、かつて連合赤軍事件や大久保事件を取材して以来社内でにらみを利かせている社会部部長の等々力(遠藤憲一)や編集局次長の追村(蛍雪次朗)らの嫉妬や確執も織り交ぜながら、広告局や販売局との軋轢をも描いている。それぞれの立場からのせめぎ合いが、物凄い迫力で観る者を圧倒する。締め切りを何時まで伸ばせるか、広告あっての新聞なのか、販売あっての新聞なのか、編集あっての新聞なのかというスタンスから、互いに衝突し社内に怒号が飛び交う。しかし、壮絶な火花を散らしながらも、最後は心を一つにして紙面を作り上げていくという「ブンヤ」魂が強烈に炸裂する。

 

「半落ち」では警察という組織、そして本作では新聞社という組織・・どちらも「組織と人の対立」を、事件や事故を通して鋭く抉っているのではないだろうか。悠木は、遊軍記者(特定の担当を持たず、緊急時など迅速に取材に当たるための記者)であり、組織内の権力構造からは距離を置いた存在と言える。そんな悠木が部長や次長に抗ってまで、自分の信念を貫く熱血漢ぶりは、見ていて気持ちが良かった。横山秀夫原作の映画は「半落ち」に続きまだ二作目だが、他の作品もあまり間を空けずに鑑賞してそれぞれの比較をしてみたい気持ち。

 

本作では、「新聞」自体についても考えさせられる内容だった。一面に何を載せると新聞が売れるのか、自分の担当している記事のために紙面のスペースをいかに確保するか、他社がスクープした記事を後から掲載するのは会社の恥と考えるのか・・そんなことはどうでも良いことなのだ。要は、読み手が何を知りたいのか、である。本作では、遺族の方々が地元新聞社に求める情報は何なのか、が最も重要なのだ。遺族が地元の新聞を求めて北関東新聞社に直接訪れてきたのに対して、悠木が新聞を一部ずつ手渡したシーンには、心打たれた。

 

映画自体については、現在と過去(事故当時)の記憶が交錯するかたちで展開される。しかし、この現在と過去のシンクロは、果たして必要だろうか?映画において、「現在」がどのようなポジショニングなのかがいま一つ理解できず、いっそのこと事故当時のストーリーに絞った方が、横山秀夫のメッセージがより凝縮されたかたちで観る者に伝わったのではないかと思う。そもそも「クライマーズ・ハイ」の 意味は、「登山中に興奮状態が極限にまで達し、恐怖感が麻痺すること」らしい。そして、この麻痺が切れた時には恐怖感がどっと襲ってきて、それに耐えられなくなるそう。悠木、いや悠木も含めた事故当時の記者全員の様子を暗示しているようで、よく練られたタイトルが作品をより骨太なものにしている。

 

まだ子供の頃だったが、「羽田発大阪行きJAL123便の機影がレーダーから消えました」というニュースの一報が、未だに記憶に残っている。

(末筆ながら、この事故でお亡くなりになった方々のご冥福を、あらためてお祈り申し上げます。)★4.3
同窓会
2008 日本 邦画 ドラマ
作品のイメージ:ほのぼの
出演:宅間孝行、永作博美、鈴木砂羽、中村獅童

「大切なものを取り戻す、心すっきり自分リセット・ムービー」という宣伝文句だが、そこまで期待しない方がよい作品。軽く楽しめるかもしれないが、映画の出来自体はアノソノな感じ。克之(宅間孝行/高校時代:兼子舜/通称は「かっつ」)と雪(永作博美/高校時代:尾高杏奈/通称は「ゆき」)は初恋を実らせて結婚したのだったが、映画プロデューサーである克之は若い女優と不倫に走る。そして、一時的な感情により、雪と離婚することに。しかし、新作のロケの手配で地元長崎へと帰郷した克之に、高校時代の初恋の思い出が甦る。そんな中、克之は、雪の高校時代からの親友えり(鈴木砂羽/通称は「ひめ」)からあることを聞かされ・・。

冒頭に「勘違いは、人生最高の悲劇でもあり、喜劇でもある」という格言みたいな言葉が語られるのだが、このドラマは二つの勘違いから話が発展していく。一つ目の勘違いは、中盤以前に観客は気付くが、克之だけがずっと気付かないでいるというもの。観ている側としては、「一瞬勘違いしても、それはすぐに単純な誤解だと気付くのでは?」と、この展開にちょっとイラツキを感じてしまった。克之と雪のコミュニケーションが断たれている状態で、「ひめ」の説明不足で誤解が生じてしまうんだけど。それに、この勘違いだったら、ハッピー・エンドに持っていくしかないということもわかってしまうし。二つ目の勘違いは、観客も全く気付かないようなオチ。これは、最近よく使われるオチのような気がする。そう言えば、「おくりびと」のオープニングも、これ系だった。

長崎の島原が舞台となっていて、特に前半はその土地での青春時代の思い出が現在にフラッシュバックされるかたちになっている。この思い出のシーンの九州弁が、かなり聞き取りにくい。そのせいか、前半は少しノレないというか、入って行きづらかった。後半になり、九州弁も味があるなぁ・・という感じで慣れてきたけど。良かった点を挙げれば、永作博美のウェディング・ドレス姿が見れたこと(かわいいですね〜)、万年筆のエピソードにほっこりさせられたこと、それにこういった同窓会なら参加してもよいなぁ、と思ったことの三点。

そもそも、本作を鑑賞したのは、「同窓会」というタイトルに惹かれたから。最近同窓会にあまり積極的に参加していないということもあり、同窓会って本当に楽しいものなのか・・なんて思ってしまっている。個人的にあまり過去を振り返るタイプじゃないし、同窓会に参加しても、なんだか近況報告会みたいになってしまうことが多い。「今何しているの?」とか「ご家族は?」とか聞かれ・・。仕事の話は退屈だし、家族の話は白けるし。同じことを言うのも疲れ、なんならテープに録音でもしておいて聞かれるたびにそれを流そうかな、とか考えたりとかして。でも、この作品を観て、久しぶりに同窓会に顔を出してみようかなという気持ちになった。これはかなりの収穫かも(作品の同窓会のシーンは、短いものです)。

青春映画がお好みの方は、前半も楽しめるかもしれない。しかし、冒頭に格言的なことをわざわざ出すほど深いドラマじゃない。それに、全体的に少し安っぽいところが気になったということもあり、★2.3(すべてがうまくいくハッピー・エンドなので、お気楽に観れますが)。ちなみに、監督のサタケミキオ=宅間孝行だということは、観た後に知った。
おくりびと
2008 日本 邦画 ドラマ
作品のイメージ:感動、泣ける、笑える、ほのぼの、ためになる
出演:本木雅弘、広末涼子、笹野高史、余貴美子、山崎努

第 32回モントリオール世界映画祭でグランプリを受賞し、第81回アカデミー賞外国語映画賞でオスカーを受賞したことにより、にわかに注目を浴びている作品。プロのチェロ奏者としてオーケストラに所属していた小林大悟(本木雅弘)は、ある日突然楽団が解散となり、妻(広末涼子)と共に田舎の山形へ帰ることに。仕事を探している大悟は「旅のお手伝い」という新聞の求人欄に惹かれ、面接へ。その会社に即採用となるのだが、業務内容とはなんと納棺師の仕事だったのだ。

まず、納棺師という仕事についてあまり知らなかったのだが、どういう仕事なのか勉強になった。ただ遺体を棺に移すだけではなく、亡くなった人や遺族に心配りをしながら、納棺に際してのいろんな儀式を執り行うといった仕事。葬儀屋から受注があって、棺を持って亡くなった人の家に赴く。遺体の肌が見えないように着せかえたり、体を拭いたり、お化粧を施したり・・。仕事の内容を聞いただけでは一般的に偏見を持つ人が多いが、その仕事を目の当たりにすると、「亡くなった人をあの世へ安らかに旅立たせる」誇るべき、そして感謝されるべき仕事であることを、誰もが自然と納得する。それは、亡くなった人の遺族や大悟の妻という目線で語られ、そして観客もそれに共感するといった運びになっている。

笑いあり涙ありといったドラマ展開であるが、特に後半については泣けるシーンが多い(ということで、久々で劇場で泣いてしまいました)。いちばん涙が止まらなかったのは、銭湯のオバチャン(吉行和子)が亡くなり、火葬するシーン。火葬場職員(笹野高史)が銭湯のオバチャンのことをしみじみと語るのだが、笹野高史の味のある語りで涙が止め処なく溢れた。「死は門。だからまた会いましょう」という言葉。死ぬということは終わりではなく、次の世界へ行くために通る門だと(このオジチャンもまた「おくりびと」ということなのですね)。

納棺会社社長役の山崎努やその会社のアシスタントの余貴美子による脇も渋い。山崎努の社長の「生と死」への考え方が、彼の重みのあるセリフに隠されている。まさに大悟の父親的存在。余貴美子には、いつものアンニュイな感じが漂っている。この二人の存在が、大悟に「図太く生きる」ことについて教えてくれているかのよう。山崎努とモッくんの仕事をする手際の良さと優雅さにはビックリ!おそらく相当訓練したのではないかと思われ(まるで、茶道の御点前のよう)。広末涼子が「夫の仕事は納棺師なんです」というセリフをキッパリと言う表情・・これもかなりインパクトがある。それまで夫の仕事に反対だった妻が、夫の仕事を誇りに思うようになる気持ちが見てとれる。余貴美子の「自分が死んだときには、この人に納棺してもらいたいと思った」という言葉も心に響き、そう遠くはない将来に両親を「おくる」こと、そしていつかは自分自身も誰かに「おくられる」ことをなんとなく想像させられた。

幕の開き方も、とても気に入った。亡くなった人や遺族への配慮を忘れない「おくりびと」の仕事が、端的かつコミカルに紹介しているといった感じ。意表をついたオチで観客の心をしっかりとつかむオープニングとなっている。音楽は、久石譲が担当。チェロ・アンサンブルが劇中の随所に流れ、この調べが絶妙に作品のトーンと合っている。惜しいのが、ラストの脚本。大悟がある人の納棺をすることになるのだが、仕事をこなしながら自分の感情を抑えられずに泣き崩れる。確かに、観客はここでもらい泣きさせられる。だが、大悟は涙を一筋流しながらも、表情は変えずに淡々と納棺師としての仕事を執り行う・・といった脚本にした方が、大悟が一人前のプロになったということ、そして大悟の死者への想い、を逆に際立たせたのではないだろうか。あぁ、そんな脚本だったら、邦画としては初めての★★★★★を献上したのに。そこだけが実に惜しい・・ということで、★4.4。
グーグーだって猫である
2008 日本 邦画 ドラマ
作品のイメージ:ほのぼの、癒される、かわいい、切ない
出演:小泉今日子、上野樹里、加瀬亮、大島美幸

漫画家の大島弓子が愛猫との日々を綴った自伝を映画化した作品。ちょっぴり切なく、心が温まるエッセイ風。猫露出は最初と最後に集中していて、タイトルとジャケットからイメージするほどは多くない。それに、グーグー(猫)が主体となっているというより、ヒロインである小島麻子(小泉今日子)とサバ(麻子がグーグーの前に飼っていた猫)の関係に焦点が当てられている。

猫(というか動物)を飼うことについて、いろいろ考えさせられた。あと、自分がよく行く吉祥寺が舞台になっているということ、麻子が自分に似た境遇であるということで、親近感を感じた・・などなど、個人的には収穫の多い作品だった。いや、親近感を感じたというより、もう後半は感情移入しすぎて、切なくなってしまった。

「猫は人間よりもすごいスピードで年をとる」という麻子の言葉が、麻子がサバの死以来久しぶりに取り組む漫画作品の内容とダブり、「老い」について考えさせられる内容になっている。そう言えば、高齢者の生活を疑似体験するための器具(シミュレーター)を貸し出す公共サービスもあるらしい(本作で、知りました)。

「ペットが病気になって死んでしまう前に、どうして早く気づいてあげられなかったのか」というやるせない気持ち、そして「果たして自分はペットの最期を看取ることができるのか」という不安な気持ちは、ペットを飼っている人なら誰でも抱くものだと思う。そして、自分の老いとペットの死・老いという避けられない影が、作品全体に立体性を加えているような感じ。

森三中が脇役として盛り上げるし、小林亜星や楳図かずおもちらっと出演している。何故か英会話講師が出てきてストーリーの合間合間に吉祥寺を紹介する様子も、ほのぼのしていてよい。音楽は、細野晴臣が担当していて、ほんわかとした感じの曲が多い。しかし、ラブ・ロマンスの要素まで入っているところが、本作には不似合いのような・・。いずれにしても、大島弓子の漫画、随筆や絵本も読んでみようという気になった。★3.6
劇場版 ネコナデ

2008 日本 邦画 ドラマ
作品のイメージ:笑える、ほのぼの、かわいい、切ない
出演:大杉漣、青山倫子、黒川芽以、入山法子

つらすぎて胃が痛くなりそうになった作品。社内の5ヵ年計画である人員削減プランと中途採用の新人のために2週間研修を敢行する人事部長の鬼塚(大杉漣)。「責任を持って世話ができないのなら猫なんか飼うな」と家族にも厳しい。そんな鬼塚が仕事で疲れ果てて公園のベンチで休んでいるときに、捨てられた子猫を見つける。

組織で働くことはホントにつらく厳しい。コーヒーを頭からかけられたり、同期入社の仲間にリストラの通知をしたり・・。自分の意に反して「嫌われ者」であり続けることの悲痛さとトラ(スコティシュフォールドの子猫)の可愛さが絶妙のコントラストを成している。厳格で仕事一筋であったのが、トラとの出会いで自分の生き方を見つめ直す・・そんな鬼塚がトラと同じくらい愛苦しい。トラを不器用に扱う動作が、いちいち愛嬌がある。

新人が街頭で社歌を歌うシーンは、自分が歌わされているような気になって恥ずかしくて画面が正視できなかった。もたいまさこ演ずる「猫オークションの女」と、彼女が連れてきたヒラマヤンが脇役として良い味を出している。(ヒラマヤンが巨大です)。鬼塚の部下役の青山倫子が美しく快活な感じ。エンディングに流れる主題歌(歌:つじあやの)が、鬼塚とトラのこれからに温かく優しい光を注ぎ込んでいるよう。

ボーナス・トラックとして国内TVドラマ版のvol.1が収録されていたので、観てみた。劇場版と比べると、鬼塚の気持ちがナレーションで細かく説明されている。小木茂光の鬼塚は、大杉漣の鬼塚より優しいサラリーマンという印象。でも、大杉漣の厳しい顔と渋さを感じさせる演技の方が、この「ネコナデ」には合っているような気がした。★3.4

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