あず沙の映画レビュー・ノート

しばらくお休みしておりましたが、そろそろ再開いたしました
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マタンゴ
評価:
コメント:1963 日本 邦画 ホラー エイリアン・モンスター 出演:久保明、水野久美、小泉博、佐原健二

いつか観なきゃと思っていたのですが、精神的に余裕があるときにと思いこのお休みに観ました。お話は、都会の精神病棟の一室で大学の助教授だった村井(久保明)が回想するシーンからスタートします。自分たちの身に起こったことを話しても信じてもらえず、狂人扱いされるだけだと嘆いている村井。会社社長、流行作家や歌手といった著名人を含む男女7人が豪華ヨットで海に繰り出したのですが遭難し、無人島に漂着。島に近くの難破船には缶詰などの食糧が残されていたものの、「船員が日々消えていく」「キノコは食べるな」というメモがあり…

 

前半がやや冗長に感じられ、食糧不足という極限状態におかれたときの人間のエゴが執拗に描かれています。カビとキノコに覆われた孤島で、空腹に耐えかねて食糧を奪い合ったり、仲間を裏切ったりするものも出てくる始末。もうこんな状況では、地位も名声もお金も何も意味を持ちません。形振り構わず自分だけは助かりたいという人間の業を、凄まじいタッチで映し出しています。そして、とうとう食べてはいけない禁断のキノコに手を出すものが出てきて、食べた人からキノコ化してしまいます。

 

怖いというより、切ないですね。いちばん正義の人である村井だけが生還するわけですが、村井の好きだった明子(八代美紀)もキノコに手を出してしまい、結局独りぼっちで人間社会に戻ってきて何を話しても信じてもらえないわけです。こんなことなら、好きな彼女と一緒にキノコを食べてキノコ化すればよかった…この気持ち、よくわかります。

 

そして、最後に深いオチがあります。このオチの解釈は、ひとさまざまなようですね。本当にキノコを食べたからキノコ化したのか、人間がキノコ化したのは別に理由があるのか?原案は星新一さんということもあり(違うという説もあるけど)、人間社会を風刺した作品であると考えると、やはり後者のような気がします。どんなに正義を貫こうとしても、人間社会で生きてまたそこに戻ってきた以上、どうにも逃れることはできないものなのだと…

 

この作品が制作された60年代という時代を考えると、物質文明が急激に頭をもたげ人間の理性や倫理観というものが軽視され始めた時代を強烈に当てこすった作品と思われます。そういう意味では、特撮ホラーというよりも風刺というジャンルに入るような気が。とにかく、この時代には異色な作品として、さぞ際立っていたでしょうね。題材は、今観ても新鮮で洗練されています。一度は観ておく作品であることに、納得しました。


但し、映像はあまり怖くないしゾクゾクもしないしドキドキもしないんですよね。なんだろう、むしろ微笑ましい感じ。この映画を観た後ショックでキノコが食べられなくなったという人もいるらしいですが、わたしは大丈夫でした。しばらく、シメジを見たら思い出しそうですけどね。そう言えば、ドラクエに出てくる「マージマタンゴ」というキノコのモンスターがいたのを、思い出しました。あまり強くないモンスターでしたっけ。まあ、キノコより恐ろしいのは人間だということなのでしょう。

夏目漱石のこころ
1955  日本  邦画  ドラマ  文芸・史劇  
作品のイメージ:切ない
出演:森雅之、新珠三千代、三橋達也、安井昌二

明治時代の文豪である夏目漱石の言わずと知れた代表作を、市川崑監督が映画化したもの。市川崑監督作品ということで、原作に忠実に描かれていることを期待して鑑賞。というのも、「ユメ十夜」の第二夜は市川崑監督作品であり、深いテーマがシンプルに表現されているという実績があるため。二十年以上も前に読んだ原作を読み直すのではなく、今回は映像で観てみることにした。しかし、痛感したのは、映画と文学作品というのはやはり別個のものであるということ。(何しろ遠い昔読んだ記憶が頼りなので、あまり細かい比較はできませんが)、大筋は変わっていないものの、原作から削除されているものもあり、付け加えられているエピソードもあるような気がする。

 

日置(安井昌二)にとって、野淵先生(森雅之)は最も尊敬する先生であった。先生には美しい奥さん(新珠三千代)がいて、子供はなく二人だけで静かに暮らしていた。日置は、先生の孤独な境涯に同情を寄せるようになり、やがて先生の徹底した人間嫌いの思想の根本をつきとめようとさえ感ずるようになった。日置は大学を卒業し、先生に就職口を依頼して重病の父の看病に信州の田舎に帰ったが、その間に先生は自殺してしまう。先生は明治天皇崩御の報を聞いて、明治の精神の終焉を淋しく悟りながら逝ったのだった。先生の自殺の本当の原因は・・?そして、それは美しい奥さんと関係があるのか・・?日置宛の先生の遺書には、先生には過去に梶(三橋達也)という親友がいたこと、そして梶と先生と奥さんとの間に三角関係にあったことが綴られていた・・。

 

「死ぬ前に一人でいいから人を信じたい」・・人間はエゴイスティックな生き物だと知りながらも、真剣に人を信じたいと思っていた先生の気持ちが心に突き刺さる。人間の利己的な部分を嫌というほど知りながらも、自ら親友を裏切ったことで自分の中にも潜む利己性に気付いた先生は、自分の犯した罪に苛まれる。先生の心の葛藤が、繊細かつ丁寧に描かれている。1955年の作品なので当然モノクロだが、なぜか今見ても古臭さが感じられないのは、テーマ自体が人間にとって普遍的なものであるからだろう。しかし、明治天皇崩御の報を聞いて、明治の精神の終焉を悟って死を選ぶという部分については、やはり時代の違いを感じざるを得ない。また、「先生と奥さんは残念ながら子宝に恵まれなかった」とはっきり言ってしまっている行があり、これは現代では受け入れられないのだろうなぁ・・という気がする。増して、先生は自分が自殺した後に奥さんはどうなってしまうのだろう・・ということは、考えなかったのだろうか・・など疑問に思ってしまう点もある。それも、人間の心の弱さ故・・ということになるのだろうか。

 

新珠三千代の下宿屋のお嬢さん時代の演技が、初々しい。原作とちょっと違うと感じたのは、お嬢さんが梶に対して親しげに喋りかけたりしている点。美しいお嬢さんに親しげにされたら、ストイックな梶の心が傾いてしまうのも仕方がないようがして、梶が気の毒に思えた。梶の死を先生が一人で背負いこんでいるが、後に先生の妻となるお嬢さんは梶の死の原因については全く気が付いていないようだ。純真無垢さ故の残酷さというか、無神経さを感じずにはおれない。三橋達也は、自分の生き方を頑固に貫こうとする一人の無骨な男を上手く演じている。哲学を専攻し仏典の研究以外には、なんの興味も持っていないような狷介な梶だったが、自分の気持ちをコントロールできないことに苦悩する。森雅之は渋くてカッコいいのだが、回想シーンはいただけない。若く見せようと髪型を変えたりしているのだが、それが変に浮いてしまっていて、違和感を感じてしまった。

 

社会に出て働かない先生が神経衰弱に悩む様子などが効果的に描出されているので、先生が自殺する伏線もきちんと映像化されていると言える。原作を再読するような感覚で本作を鑑賞したのだが、やはり細かい点においては原作を再読して本作との違いを比較してみたくなった。★2.8

砂の器
1974  日本  邦画  ドラマ  ミステリー・サスペンス  
作品のイメージ:感動、泣ける、切ない、ためになる
出演:丹波哲郎、加藤剛、森田健作、島田陽子

何度観ても号泣してしまう作品。松本清張の同名傑作小説を原作に、野村芳太郎監督が映画化したヒューマン社会派ドラマで、言わずと知れた名作中の名作(なので、今さらあらすじをご紹介するまでもないのですが・・)。国鉄蒲田操車場構内で扼殺死体が発見されたところから、物語はスタートする。被害者の年齢は50-60歳だが、その身許が分からず捜査は難航を極める。そして、前夜蒲田駅前のバーで被害者と酒を飲んでいた若い男が、重要参考人として浮かび上がる。バーのホステスたちの証言で、二人の間に強い東北訛りで交わされていた「カメダ」という言葉が、捜査のキーとなってくる。「カメダ」とは、果たして人の名前なのか土地の名前なのか・・。警視庁刑事の今西(丹波哲郎)と西蒲田署刑事の吉村(森田健作)の両刑事は、唯一の手掛かりである「東北弁のカメダ」に望みを託すが・・。捜査本部解散後、被害者の身元が判明。今西は、その足取りを追って出雲、さらに伊勢へと足を伸ばす。やがて、被害者に繋がる一人の男が浮上する。その人は、天才音楽家として脚光を浴びている和賀英良(加藤剛)だった・・。

 

号泣したシーンは、本浦千代吉(加藤嘉)が秀夫の写真を見て「こんな人知らん」と嗚咽を噛み殺しながら泣くシーン。また、千代吉と秀夫を保護した巡査(緒形拳)が、二人が離れ離れになる前に抱擁するのを見て涙するシーン。最後の字幕に出てくる「現在では、ハンセン病は治療で治ります」という言葉の重みがズシリと心に響き、鑑賞後もしばらく涙が止まらなかった。それが不治の病であった時代に生きた人の本当の苦痛が伝わってきたと同時に、現在でも根強く残る偏見差別はハンセン病裁判勝訴の後でも、完全に消え去ることのないものではないのだろうか、と考えさせられた。本作自体が、その偏見差別を煽るものだと主張する人もいる。しかし、私はそうは思わない。本作があったからこそ、ハンセン病裁判勝訴に少しでも近づけたと言えるのでは。

 

音楽だけでも、聴き応えがある。日本の四季折々の美しい景色を背景に、壮絶な旅を続ける親子。そのバックに流れる音楽は、言葉にできないほどに美しい。サントラもあるようだが、その中の「ピアノと管弦楽のための組曲−宿命−」の第一楽章と第二楽章だけを特に聴きたかったので(この二曲が旅のシーンで流れる音楽です)、二曲だけシングル・カットされたCDを見つけて購入。なお、音楽監修は芥川也寸志、演奏は菅野光亮(ピアノ)と東京交響楽団(オーケストラ)。

 

「秀夫はお父さんに会いたかったのでしょうね」と聞く吉村に対し、「当たり前だ。でも彼は今音楽の中で父親に会っている」と言い放つ今西・・クライマックスの締めにふさわしいセリフだ。「会いたいが、どうしても会うことはできない」という価値観と、「あんな思いまでした親子なのに、なぜ会わないのか」という価値観のぶつかり合い。加藤剛は、出演シーンやセリフは少なめだが、クライマックスのコンサートでの演奏時の表情だけで、そこに至るまでの人生の厳しさを物語り、「会いたいが、どうしても会えない」意味をきっちりと表現している。(名作なのでツッコミを入れるのはかなり僭越ですが)、一つだけ納得が行かない点がある。和賀がなぜ接触することに同意したのか、である。戸籍も新しいものになっているわけだから、別人だと白を切り通すことだってできたはず・・(ネタバレぎりぎりです)。しかし、そんな細かいことが気にならないほどの傑作なので、この小さな綻び(?)を指摘したところで、単なる蛇足にしか聞こえないであろう。評価については、無論満点以上。
失楽園
1997  日本  邦画  エロス  
作品のイメージ:切ない、萌え
出演:役所広司、黒木瞳、寺尾聰、柴俊夫

原作が渡辺淳一なので、男性側から描いたドラマだということを前提に鑑賞した方がよい作品。出版社の敏腕編集者だった久木祥一郎(役所広司)は、ある日突然閑職のポストに配属になる。そんな久木の前に、書道の講師をしている松原凛子(黒木瞳)という美しい人妻が現れる。やがて、二人はお互い魅かれあい、逢瀬を重ねていく。みなが知るところとなった二人の関係・・久木は妻(星野知子)から離婚を要求され、凛子の夫(柴俊夫)は離婚はしないと宣言し、二人の関係を記した告発文を久木の会社に送りつける。凛子は夫や実母との縁を切って、久木のもとに走ることに。すべてを失った二人の行き着くところは・・。

 

50歳にして、初めてオンナに溺れる」という久木のセリフがあるのだが、そろそろ仕事でも第一線から退く50歳だからこそ、自分の妻以外の性的魅力を感じる女性に溺れたのではないかという気がする。久木が凛子のもとへと去る時の家族との別れのシーンがあまりにも非現実的で、「じゃあ、元気で」なんてお互い言い合って美しく別れるのだけど、そんなことってあるのかしら。そんな綺麗ごとでは済まされないのでは・・?それに、第一線でバリバリ仕事をしていたころは家庭を省みなかったのに、そこから退いた瞬間にその隙間を女性で埋めているような気がして、女性側から観ていい気はしなかった。男性にとって大切なものは、まず仕事そして家庭。「その大切なものはまず置いておいて、そのどちらかがなくなったら他の女性・・」と言われているみたいで、なんだか不快な感じが。

 

古谷一行と川島なお美主演のTVドラマ版を観たことがあり一度で観るのを止めてしまったが、役所広司と黒木瞳主演の本作はそれよりは清潔感があるという触れ込みで観てみた。しかし、基本的にはメロドラマ。そう、不倫メロドラマとしてサクッと鑑賞すれば、あまりネガティブな感じもしない。尋常ではない心中の仕方はさすが渡辺淳一という気もするが、その他については話題に上るほどの作品かと首を傾げたくなる。某経済新聞にこのような性描写が盛りだくさんの話が初めて連載されたという意味で、かなり話題になったのだと思う。でも、映画にしてみると・・。同じ渡辺淳一原作の映画において、「ひとひらの雪」の方が官能的だったような気がする。

 

原作を忠実に映画化したものなので映画自体を批判しても仕方がない気もするが、歴史的大作のジョン・ミルトンの「失楽園」と同じタイトル使うなんて、あまりにも大胆というか巨大な口をたたきすぎているというか・・。癌を発病し余命いくばくもない久木の同僚が、「俺も仕事や家庭に縛られてばかりではなく、お前のように好きに遊んでおくんだった。人間なんて儚いものだよ」的なことを言うんだけど、女性とのつきあいは所詮遊びなわけ・・?と鋭いツッコミを入れたくなったし。

 

「今の情熱を永遠のものにする」という意味での心中・・これをやり遂げた二人を羨ましいと思うのか自己中心的だと思うのかは、観る人によって意見が分かれるところであろう。いずれにしても、非現実的な中年男女の妄想や欲望を描いたものとして観れば、最後の締めは天晴れということになるのかもしれない。★2.5
子猫物語

1986 日本 邦画 ファミリー 動物
作品のイメージ:ほのぼの、癒される、かわいい
出演:小泉今日子、露木茂

心が洗われるような作品。北海道の大自然の中でのチャトラン(茶トラ色の子猫)の冒険物語。ナレーション(露木茂)や詩の朗読(小泉今日子)も入っていて、ドキュメンタリー・タッチ。チャトランの親友であるプー助(バグ犬)がチャトランを助けたり、チャトランが小鹿と体を暖め合ったり、子豚とじゃれ合ったり・・いろんな動物との出会いや別れがあって、まさにムツゴロウ・ワールド!ムツゴロウさんが15年間構想を練り続け、撮影にも5年の年月がかけられたそう。北海道の四季の移り変わりが、坂本龍一プロデュースの音楽と相まって、彩り豊かな広がりを創り出している。

チャトランに彼女(白い猫)ができた時には「プー助の立場やいかに」と思ったが・・微笑ましいラストでよかった、よかった。ほのぼのとした動物たちの映像ばかりではなく、自然界の厳しさが映し出されるシーンもある。「命の尊さ」について教条的に語られるのではなく、直接五感に訴えかけてくるような感じ。カメラも自然に動物たちを追っていて、生命感に満ち溢れた様子が映像から伝わってくる。登場している動物たちもムツゴロウ動物王国の動物たちなのかな・・ホントにカワイイ(猫好きの方にはもちろん、動物好きの方にもおススメします。)★3.7
影武者

1980 日本 邦画 アクション 時代劇
作品のイメージ:切ない、スゴイ
出演:仲代達矢、山崎努、萩原健一、大滝秀治、倍賞美津子

本作は、勝新太郎が降板したことで主役が急遽仲代達矢になったという経緯があるらしいが、結局は仲代達矢で正解だったのでは・・という気がする。仲代達矢の言いようのない「間」があるセリフの言い回しや、ちょっとスローな身のこなしから、武田信玄の「影」として生きる男の哀愁が純粋に伝わってくる。

それにしても、冒頭のシーンのそっくりの三人は、強烈なインパクトを放っている。本物の信玄(仲代達矢)、弟の信廉(山崎努)と影武者(仲代達矢:二人一役)。この三人の像がまさに武田家の運命を象徴しているかのよう。

影武者がだんだん信玄が乗り移ったかのように信玄の心を持ってくる様子や、信玄としての威厳と自信まで備えていく様子は、「影」の生気がどんどん溢れてくるような感じの描写となっていて、プラス・ポイント。

「風林火山」の旗を掲げた軍兵たち・・合戦のシーンは実写だけにさすが迫力があるのだが、如何せん長い。長過ぎて、せっかくの迫力の密度が落ちている。馬が傷つきながら倒れるのもリアルに撮っているのは、馬が気の毒に思えた。その冗長なところが、マイナス・ポイント。

特に黒澤監督のファンということもない私の評価は、★3.3。辛口の評価をするなら、フランシス・コッポラやジョージ・ルーカスが外国版プロデューサーとして名を連ね、カンヌ国際映画祭グランプリを受賞している作品にしては、それほど深みがある作品とは思えない。

甘口の評価をするなら、信玄の「影」として男の生き様と悲哀を描いたものとして冒頭から惹きつけられ、観る者の心を動かすラストに仕上がっていると言える。黒澤監督のファンではなくても、長いのを覚悟で一度は観てもいいかも・・という控え目なおススメ度。
Shall we ダンス?

1996 日本 邦画 コメディ ドラマ
作品のイメージ:感動、泣ける、笑える、ほのぼの、癒される、カッコいい、おしゃれ、ためになる
出演:役所広司、草刈民代、竹中直人、渡辺えり子

邦画よりも洋画を観ることが多いが、なぜか本作については、ハリウッド
のリメイク版よりも周防監督のこのオリジナル版の方が楽しめた。竹中直
人がラテン・ダンスで盛り上げるし(相当笑えます)、渡辺えり子が脇役
としていい味を出している。

何気なく始めた社交ダンスにどんどんのめり込んでいくサラリーマン役
の役所広司と、先生役の(日本バレエ界を代表する)草刈民代。二人がダ
ンスする姿はとても絵になる(草刈民代さんが美しいです・・女優さんじ
ゃないので、演技の方は目をつぶることにしましょう)。本作は社交ダン
ス・ブームの火付け役になった作品でもあるし、これがご縁で周防監督と
草刈民代は目出度くご結婚・・縁起の良い作品なのかも。

タイトルの「Shall We ダンス?」のダンスだけがカタカナになっている
のも、なんとなくほのぼのとしていて微笑ましい。「感動」「泣ける」「笑
える」「ほのぼの」「癒される」「カッコいい」「おしゃれ」「ためになる」・・
これだけチェックを入れられる作品はあまりないのではないだろうか。
(ちなみに「ためになる」は、姿勢を正すよう気をつける・・という意味
で有益でした。)
無能の人

1991 日本 邦画 ドラマ
作品のイメージ:感動、泣ける、切ない
出演:竹中直人、風吹ジュン、三東康太郎、山口美也子、マルセ太郎

このタイトルと、河原で石を拾ってきてそれを売って生活をするという主人公に興味があり、レンタルした作品。

以前漫画家として成功していた助川(竹中直人)は、職を失ってから多摩川の河原で拾ってきた石を売る店を開店したりオークションに出品したりしている。だが、いっこうに石は売れない。妻(風吹ジュン)にも愛想つかされる助川。しかし、人に押し付けられた自分の納得のいかない漫画を描くよりも、石を売ることにこだわり続ける。いろんな誘惑を振り切り、石を売り続けるためには、人の目を気にせず自ら客を背負って川渡しで日銭を稼ごうとする。そんな姿を見て、最後に妻と子が助川を温かく迎えるというもの。

ブラック・ユーモアというよりも、生きていくことの悲哀さをいちばんに感じた。私は笑えなかったな〜これを観て。人間のプライドというものは、自分の意思をどこまで貫けるかで保つもの、人に笑われようがどう思われようが関係ない・・そんな助川の生き方は人生の悲哀さを感じさせながらも、雑草のようなたくましさで観る者に希望を与えてくれる。社会からはみ出してしまったことなどものともせず、家族と一緒に自分の道を突き進んでもらいたい。ジャケットにあるように、三人で手をつないで。

それにしても、三浦友和が出演していたのは、観ていて全然気がつかなかった。
楢山節考(今村昌平監督)

1983 日本 邦画 ドラマ
作品のイメージ:泣ける、切ない
出演:緒形拳、坂本スミ子、左とん平、あき竹城、倍賞美津子

あまりにも重いテーマなので躊躇したが、カンヌ・グランプリに輝いた秀作なので一度は観ようと思いレンタル。

今村監督の「人間の業」を赤裸々に描いた作品。姥捨山の伝説をもとにした原作に、信州の村独自の価値観が加えられている。

親をいつまでも大切にしたい。でも、人間は生きていかないといけない。生きるためには食べないといけない。でも、十分な食べ物がなかったら・・。生きていると一次的な欲望も満たさないといけない。でも、それによって子供が増え、子供を養うだけの余裕がなかったら・・。人間も生きているための欲を満たす意味で動物の一種と考えるならば、そんなジレンマから逃れられないのか。人間の本能と人間愛は相容れないものなのか。

また、個人が尊重される現代とは違って、一個人ではなく、家族、いや村単位で物事を考える時代。村の繁栄のため淘汰される命。一生結婚することなく、長男一家のために働き続けないといけない次男、三男。生きるって悲しいことなのか。

実際に前歯を折って迫真の演技をみせた姑役の坂本スミ子、実直な長男役の緒方拳、明るく健康的な嫁役のあき竹城・・といった役者揃い。間違いなく作品としてはすばらしいのだろうが、精神的・体力的に余裕があるときに観た方がよい。(また、子供さんと一緒に観るのはおススメしません。)

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